竹の塚ルーテル教会

Takenotsuka Lutheran Church


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2010年 新任牧師よりご挨拶

 

どうぞよろしくお願いします!

竹の塚ルーテル教会牧師 江本真理

皆さま、こんにちは。4月より竹の塚ルーテル教会の牧師として着任いたしました江本真理と申します。私は2000年に日本ルーテル神学校を卒業し、最初の任地として杉並区にある杉並聖真ルーテル教会で10年間ご奉仕させていただいた後に、このたび竹の塚教会の招聘を受け、新たに皆さまと共に歩んでいくことになりました。

今回、竹の塚教会の招聘を受けるにあたって、皆さまには一年間待っていただく形になり、その間、専任の牧師がいない無牧の状態となった竹の塚教会の働きを、皆さまが祈りを合わせ、力を合わせて守ってきてくださったことに心から感謝いたします。また、その皆さまの熱い思いにこたえて、これから精いっぱい竹の塚教会のために仕えさせていただきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

私にとって竹の塚教会は、もう12年前のことになりますが、私が神学生のときに、1年間教会実習と宣教研修をさせていただいた教会ですので、教会の皆さまにはいろいろとお世話になり、顔なじみの方も多く、私としては懐かしい場所に帰ってきたなあという思いでおります。12年前は一人の神学生としてお世話になりましたが、今回は牧師として、また妻と息子一人の三人家族として帰ってまいりました。妻のハイディーは、アメリカのウィスコンシン州出身の元VYMです。彼女も来日した当初、竹の塚教会近くのアパートに住み、竹の塚教会の交わりにも加えていただいていましたから、彼女にとっても竹の塚教会はいろいろとお世話になった懐かしい教会です。また息子の乃安(のあ)は現在二歳半になります。彼にとっては新しい環境になりますが、私たち以上に元気に楽しくこの状況に溶け込んでくれているようでうれしく思っています。

そして、7月にはもう一人家族が増える予定です。皆さまには、私たち家族のことを温かく迎えていただき感謝です。

私自身は、現在竹の塚教会での働きのほかに、教団での働きや、神学校での働きなども担っておりますが、いずれも神さまが私たちの救いのためにこの世にたててくださった教会と、その教会を通して神さまがなそうとされる宣教の御業に、この私を用いてくださる神さまの御心に信頼し、神さまのなさり方を信じて仕えていきたいという思いでおります。そして今、その信仰の歩みを共にしてくださる兄弟姉妹、友、仲間として、竹の塚教会の皆さまとの新たな出会いが与えられ、皆さまと共に新たな歩みを進めていくことができる幸いを感謝しております。

竹の塚教会の年題聖句として掲げられている「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ。キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(Ⅰテサロニケ5章16~18節)とのみことば。このみことばを竹の塚の地においてこの世に証ししていく群れであるように、聖霊の力強い導きを祈り求めつつ、ともに歩んでまいりましょう。

どうぞよろしくお願いいたします!


日本ルーテル教団について

竹の塚ルーテル教会は日本ルーテル教団に属しています。

ルーテル教会とは

ルーテル教会とは、新約聖書の伝統に立ち、中世の教会が聖書の信仰から離れていたとき、宗教改革の炎をもって立ち上がったマルティン・ルター(1483-1546)の宗教改革によって再発見された福音の教えの上に立つ教会であります。
ローマカトリック教会で無名の修道士だったルターが、1517年10月31日、九十五箇条の論題をヴィッテンベルク城の教会の門に貼ったことによって始まった改革の波は、取り押さえることのできないように広がり、ついには西方キリスト教界全体に広がるようになりました。それによってルターの宗教改革は、神学的、文学的、教会的、社会的、民族的に大きな影響をもたらします。Lutheran(ルーサラン)という言葉は、「ルターに従う者ら」とカトリック教会から付けられたあだ名でしたが、結果としてルーテル教会の名称になりました。
ルターは、「聖書のみ、信仰のみ、恵みのみ」を掲げ、命をかけての強い思いで腐敗した中世の教会と闘いながら、しかし、その時まで継承されてきた教会の伝統を生かし、礼拝の儀式、音楽、聖礼典を大切にすることを 通して模範的な信仰共同体を形成しました。
ルーテル教会は、新約・旧約聖書を信仰と生活の第一規範とし、使徒信条、ニケア信条、アタナシオ信条、アウグスブルク信条、同弁証論、大・小教理問答、シェマルカルド信条、和協信条を第二の規範として告白しています。


日本ルーテル教団の沿革

 本教団は、米国ルーテル教会ミズーリ・シノッドが1948年9月19日に東京チャペル・センターでウィリアム・ダンカー宣教師の就任式を行い、日本宣教開始を公式に宣言したことに始まります。
1951年、民間ラジオ放送が始まると同時に、ルーテル・アワー放送を用いた伝道を展開しました。1968年に会衆主義制度の自治教会となって米国教会から独立し、1976年には自給を達成しました。国際的には「国際ルーテル教会協議会」に加盟し、保守的ルター派の信仰を共有する海外の諸教会との交わりを持っています。
国内的には、1966年、日本福音ルーテル教会と「聖壇と講壇の交わり」を宣言して信仰の一致に基づく交わりをもち、ルーテル学院大学・日本ルーテル神学校において日本福音ルーテル教会と協力して神学教育を行うようになりました。また、1999年にはルーテル世界連盟に準会員として加盟して、全世界のルーテル教会と広く交流を持っています。
その他、教団傘下の教育施設として、埼玉県さいたま市に浦和ルーテル学院小・中・高等学校、埼玉県飯能市に聖望学園中・高等学校を経営しています。


以上、日本ルーテル教団のホームページ より抜粋